Re: LET IT ART
以前書いた「LET IT ART」という記事に意見をもらって、
そのメッセージに対する返信を随分前にしたんだけど、
その内容もまた、自分の現時点での思考回路として
ここに残しておきたいなぁと思ったので再編集版を載せマス。
ホント今更って感じですが。
ご意見などあればお待ちしています。
前回「芸術アレルギー」とは書いたものの、
もちろん「芸術」の存在自体は否定しているわけではないのです。
本当の意味でアートと呼ぶべき作品がたくさんあることは
いかに芸術に疎いワタシでも理解しているつもり。
でも極端なことを言えば、例えば橋や道路とかみたいな、
“作品”という意識で仕上げられたわけではないモノに対して
その人なりの“芸術性”を感じる人もいるわけで
結局は見る側による判断なのだと思う。
美術館とかにあるようなイカニモ芸術な作品に対しては
その、何と言うか高尚なイメージに負けて、
良くわかりもしないのに「すごい」とか、自分の感覚でなく、
意識してわかった気になってしまう、というのが何よりも怖いと感じる。
だからそういった作品に触れる機会にはいつも、
出来るだけフラットに、自分が好きって思えなかったら
「(ワタシにとっては)大して凄くもねえんだ」と、
自分の感覚を最優先に思うようにしてます。
実際、なんで作品(曲)を作ったり演ったりしてるかって
やっぱりやってて楽しいからやってるわけだものね。
もちろん産みの苦しみ的なものはあるけれども
それを上回るカタルシスが得られるのは大きい。
ちなみにワタシの意識の上では何故モノを作る?という問いへの
回答として「自分を知ってもらう」は最上位とは言い難い。
自分が書いてる以上そこに投影される自己っていうのも当然あるわけで、
曲を聴いてそれがわかる人に伝わるってことはもちろん嬉しい。
でもそうでない人には別に伝わらなくても構わない、って感じかな。
まぁ矛盾してるんだけど、要は何事もバランスではないかと。
我を押し通し自分のフェティシズムとエゴだけで作ったところで
他人にはウケないし(必ずしもそうとは限らないが確率は低い)、
かといって大衆に迎合しすぎた見え見えな作品に輝きは無い。
プロフェッショナルというのはそのバランスを操れる人なんだと思う。
もちろんそうは言ってもその領域にはまだまだほど遠いんだけど。。。
まぁ、行き着く結論は、精進あるのみ、ということでしょうか。
ちなみに前回と今回の記事のタイトル、
SHAMEの楽曲『LET IT ART』から拝借しました(CUTTさんすみません)。
また機会があったら書いてみたいですね。
そのメッセージに対する返信を随分前にしたんだけど、
その内容もまた、自分の現時点での思考回路として
ここに残しておきたいなぁと思ったので再編集版を載せマス。
ホント今更って感じですが。
ご意見などあればお待ちしています。
前回「芸術アレルギー」とは書いたものの、
もちろん「芸術」の存在自体は否定しているわけではないのです。
本当の意味でアートと呼ぶべき作品がたくさんあることは
いかに芸術に疎いワタシでも理解しているつもり。
でも極端なことを言えば、例えば橋や道路とかみたいな、
“作品”という意識で仕上げられたわけではないモノに対して
その人なりの“芸術性”を感じる人もいるわけで
結局は見る側による判断なのだと思う。
美術館とかにあるようなイカニモ芸術な作品に対しては
その、何と言うか高尚なイメージに負けて、
良くわかりもしないのに「すごい」とか、自分の感覚でなく、
意識してわかった気になってしまう、というのが何よりも怖いと感じる。
だからそういった作品に触れる機会にはいつも、
出来るだけフラットに、自分が好きって思えなかったら
「(ワタシにとっては)大して凄くもねえんだ」と、
自分の感覚を最優先に思うようにしてます。
実際、なんで作品(曲)を作ったり演ったりしてるかって
やっぱりやってて楽しいからやってるわけだものね。
もちろん産みの苦しみ的なものはあるけれども
それを上回るカタルシスが得られるのは大きい。
ちなみにワタシの意識の上では何故モノを作る?という問いへの
回答として「自分を知ってもらう」は最上位とは言い難い。
自分が書いてる以上そこに投影される自己っていうのも当然あるわけで、
曲を聴いてそれがわかる人に伝わるってことはもちろん嬉しい。
でもそうでない人には別に伝わらなくても構わない、って感じかな。
まぁ矛盾してるんだけど、要は何事もバランスではないかと。
我を押し通し自分のフェティシズムとエゴだけで作ったところで
他人にはウケないし(必ずしもそうとは限らないが確率は低い)、
かといって大衆に迎合しすぎた見え見えな作品に輝きは無い。
プロフェッショナルというのはそのバランスを操れる人なんだと思う。
もちろんそうは言ってもその領域にはまだまだほど遠いんだけど。。。
まぁ、行き着く結論は、精進あるのみ、ということでしょうか。
ちなみに前回と今回の記事のタイトル、
SHAMEの楽曲『LET IT ART』から拝借しました(CUTTさんすみません)。
また機会があったら書いてみたいですね。
丸の内
友人たちのバンドのライブを見に行きました。
野外って良いね。
想像以上に格好良くていい刺激になったよ。
負けてられるかって言うの。
アタシも負けず嫌いだからねぇ。
そろそろやるとしますか。ね。
野外って良いね。
想像以上に格好良くていい刺激になったよ。
負けてられるかって言うの。
アタシも負けず嫌いだからねぇ。
そろそろやるとしますか。ね。
双六
過渡期、だと思う。
いろいろ変化している。
周りも、自分自身も。
劇的な衝動のような何かが起こるのを、
畏れながらもどこかで待っているんだ。
今はただじっと。
私は勤勉なタイプではない。
機が熟せば自然と動き出すさ。
いろいろ変化している。
周りも、自分自身も。
劇的な衝動のような何かが起こるのを、
畏れながらもどこかで待っているんだ。
今はただじっと。
私は勤勉なタイプではない。
機が熟せば自然と動き出すさ。
夏に向けて。。。お知らせ!
ワタクシどものバンド『108 HEADACHE』、ライブやります。
6/9 (火) 中野heavysick ZERO
open 17:40 / start 18:00
『クランクボーイ』『PINK FUSE』のタナカ氏が
主催する企画にお呼ばれすることに!
我々の出演は19:00からの予定です。
バンドのみならずお笑いのライブなんかも途中に入るらしく
結構にぎやかな感じみたいなので是非とも!
メンバーにご一報いただければチケット代は
900円(1ドリンク別)にディスカウントしますので
ご都合が合う方は是非遊びにきて下さい!!
P.S.
それから、詳細は未定ですが7/31、
軽音諸氏にはお馴染みのスタジオ、
マザーハウス企画のイベントに出演します。
日頃からお世話になっているスタジオのイベントですが、
場所は何と豊島公会堂、まさかのホール!
うーん是非こちらも!
人の縁は大切にせねばなぁと思った次第です。
ではでは、連絡お待ちしております〜。
6/9 (火) 中野heavysick ZERO
open 17:40 / start 18:00
『クランクボーイ』『PINK FUSE』のタナカ氏が
主催する企画にお呼ばれすることに!
我々の出演は19:00からの予定です。
バンドのみならずお笑いのライブなんかも途中に入るらしく
結構にぎやかな感じみたいなので是非とも!
メンバーにご一報いただければチケット代は
900円(1ドリンク別)にディスカウントしますので
ご都合が合う方は是非遊びにきて下さい!!
P.S.
それから、詳細は未定ですが7/31、
軽音諸氏にはお馴染みのスタジオ、
マザーハウス企画のイベントに出演します。
日頃からお世話になっているスタジオのイベントですが、
場所は何と豊島公会堂、まさかのホール!
うーん是非こちらも!
人の縁は大切にせねばなぁと思った次第です。
ではでは、連絡お待ちしております〜。
LET IT ART
このあいだの日曜日、もう随分たってしまったけど
東京ビッグサイトへデザインフェスタを見に行きました。
友人のあろー氏がポストカードコンテストに出展したというので
(と、実はワタシ探したんだけどあろーの作品が見つからなかったのです。。。
結局投票も目についたものにしちゃったし、、是非今度実物かコピーを見せて下さい)
モノは試しと行ってみたのだけどコレが凄い人。
お母さんが服などを出展しているという教え子の双子たちに
まさか偶然に出くわすというサプライズもあったのだけど、
それが本当に奇跡に思えるほどの人でした。
人の量も規模の大きさも以前行ったGEISAIの数倍程度。
今回はあろーの呼びかけで他にタカナリと、
久しぶりに会ったマサキと行ったのだけど、
休憩中には4人で「作る側として」話したりして
なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。
さて、前置きはこのくらいにして、
当日のあろーの日記に興味深いことが書かれていて、
それがどうにもワタシの頭に引っかかっていたのでした。
***************
(あろーの日記より抜粋)
Q.ワタシが「モノを作る」のはなぜでしょう?
A:楽しいから
B:ムテキになれるから
C:ジブンでいられるから
D:ジブンを知ってもらいたいから
E:モテたいから
F:これをしないと死んじゃうから
***************
ワタシにとっては『作るモノ』は音楽、
もっと言えば曲ということになるのでしょう。
程度の差こそあれ、A〜Fまでどれもワタシの中にもあると思います。
とくにABC、中でもBはかなり共感できるというか、
ワタシにとって大して上手くもないギターを持つ理由がまさにこれですね。
その上で、何かを自分なりに付け加えるとすれば、
「G. みんなと繋がって楽しむため」とかかなぁ。
ただこれは、ワタシの作るモノがカタチには残らないものなので
またちょっと見解が違うのかもしれないんだけど。
いつも思いながら言わないことを敢えて書くけれど、
デザインフェスタを見て何よりも思ったのが、
自称芸術家の芸術気取った作品がいかに多いことか。
ワタシは、自分の作った曲を芸術だなんて思ったことは無いし、
曲を書いてるからって自分をアーティストだなんて思わない。
(思えば誰よりも尊敬しているあの人も、実は同じこと言ってたって最近知ったんだけど。)
俺が好きなのってそんなエラそうでスウコウなもんじゃなくって、
ちょっと間が抜けてても兎に角カッコ良くってみんなが楽しめる、
そんなロックをやってるミュージシャンやバンドマンに憧れたんだよ!
だから自分でやってて楽しくて、しかも周りも楽しんでくれるような曲やステージ、
そんなエンターテインメントが音楽でクリエイト出来るのが理想だと思う。
『芸術学部』なんかに自分から入っておいてなんですけど、
ワタシ「芸術」とか「アート」って言葉が全然好きじゃないんだ。
以前から何となくそう思ってはいたけど、考えが固まってきたここ数年は
「芸術」って言葉に対してアレルギーに近くなってるきらいすらある。
自分の作品についても上に書いたみたいに思うし、
大体、作品を自分から「これがアートです」ってなんか違和感を覚えるのです。
それが芸術かどうかなんて、誰かに見られて評価されることで
初めて言語化されるものじゃないのかしらと、ワタシは思うわけです。
判断するのは『作る側』じゃなく『見る側』だよね。
そういう意味じゃ俺は、自分自分と押し付けがましいアートよりは
とことん他人を楽しませるために力を注いだエンターテインメントの方に、
どんなジャンルであれ強い魅力を感じるんだ。
どんな天才のどんなに古くから残っている作品だって、
多くの人の目に触れて、多くの人に評価されたから残っている。
あとの時代の人間が勝手に芸術だなんだと騒いでいても、
リアルタイムでは(もちろんその当時から芸術性を評価していた人間がいたとしても)
やっぱり多くの人にとってはエンターテインメントだったと思うんだよね。
旧い建造物なんかみたいに、場合によっては実用品だったりもすると。
だからクリエーターは他人の目を蔑ろにしてはいけないんだと思う。
自分の作品を信じる目と同時に、最も真逆な“大衆の目”も意識することを
おろそかにしてはきっと良い作品は生まれないんだと思う。
まぁ、あくまでもワタシの見解だけどね。
少なくともワタシは、そういうつもりで曲を書いています。
読んでくれた人がいたら、長々とありがとう。
前々からいつか書こうと思っていたテーマだったので、
その機会をくれたあろーにも感謝。
東京ビッグサイトへデザインフェスタを見に行きました。
友人のあろー氏がポストカードコンテストに出展したというので
(と、実はワタシ探したんだけどあろーの作品が見つからなかったのです。。。
結局投票も目についたものにしちゃったし、、是非今度実物かコピーを見せて下さい)
モノは試しと行ってみたのだけどコレが凄い人。
お母さんが服などを出展しているという教え子の双子たちに
まさか偶然に出くわすというサプライズもあったのだけど、
それが本当に奇跡に思えるほどの人でした。
人の量も規模の大きさも以前行ったGEISAIの数倍程度。
今回はあろーの呼びかけで他にタカナリと、
久しぶりに会ったマサキと行ったのだけど、
休憩中には4人で「作る側として」話したりして
なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。
さて、前置きはこのくらいにして、
当日のあろーの日記に興味深いことが書かれていて、
それがどうにもワタシの頭に引っかかっていたのでした。
***************
(あろーの日記より抜粋)
Q.ワタシが「モノを作る」のはなぜでしょう?
A:楽しいから
B:ムテキになれるから
C:ジブンでいられるから
D:ジブンを知ってもらいたいから
E:モテたいから
F:これをしないと死んじゃうから
***************
ワタシにとっては『作るモノ』は音楽、
もっと言えば曲ということになるのでしょう。
程度の差こそあれ、A〜Fまでどれもワタシの中にもあると思います。
とくにABC、中でもBはかなり共感できるというか、
ワタシにとって大して上手くもないギターを持つ理由がまさにこれですね。
その上で、何かを自分なりに付け加えるとすれば、
「G. みんなと繋がって楽しむため」とかかなぁ。
ただこれは、ワタシの作るモノがカタチには残らないものなので
またちょっと見解が違うのかもしれないんだけど。
いつも思いながら言わないことを敢えて書くけれど、
デザインフェスタを見て何よりも思ったのが、
自称芸術家の芸術気取った作品がいかに多いことか。
ワタシは、自分の作った曲を芸術だなんて思ったことは無いし、
曲を書いてるからって自分をアーティストだなんて思わない。
(思えば誰よりも尊敬しているあの人も、実は同じこと言ってたって最近知ったんだけど。)
俺が好きなのってそんなエラそうでスウコウなもんじゃなくって、
ちょっと間が抜けてても兎に角カッコ良くってみんなが楽しめる、
そんなロックをやってるミュージシャンやバンドマンに憧れたんだよ!
だから自分でやってて楽しくて、しかも周りも楽しんでくれるような曲やステージ、
そんなエンターテインメントが音楽でクリエイト出来るのが理想だと思う。
『芸術学部』なんかに自分から入っておいてなんですけど、
ワタシ「芸術」とか「アート」って言葉が全然好きじゃないんだ。
以前から何となくそう思ってはいたけど、考えが固まってきたここ数年は
「芸術」って言葉に対してアレルギーに近くなってるきらいすらある。
自分の作品についても上に書いたみたいに思うし、
大体、作品を自分から「これがアートです」ってなんか違和感を覚えるのです。
それが芸術かどうかなんて、誰かに見られて評価されることで
初めて言語化されるものじゃないのかしらと、ワタシは思うわけです。
判断するのは『作る側』じゃなく『見る側』だよね。
そういう意味じゃ俺は、自分自分と押し付けがましいアートよりは
とことん他人を楽しませるために力を注いだエンターテインメントの方に、
どんなジャンルであれ強い魅力を感じるんだ。
どんな天才のどんなに古くから残っている作品だって、
多くの人の目に触れて、多くの人に評価されたから残っている。
あとの時代の人間が勝手に芸術だなんだと騒いでいても、
リアルタイムでは(もちろんその当時から芸術性を評価していた人間がいたとしても)
やっぱり多くの人にとってはエンターテインメントだったと思うんだよね。
旧い建造物なんかみたいに、場合によっては実用品だったりもすると。
だからクリエーターは他人の目を蔑ろにしてはいけないんだと思う。
自分の作品を信じる目と同時に、最も真逆な“大衆の目”も意識することを
おろそかにしてはきっと良い作品は生まれないんだと思う。
まぁ、あくまでもワタシの見解だけどね。
少なくともワタシは、そういうつもりで曲を書いています。
読んでくれた人がいたら、長々とありがとう。
前々からいつか書こうと思っていたテーマだったので、
その機会をくれたあろーにも感謝。



